育鵬社、自由社の歴史・公民教科書が検定合格

取り急ぎ資料を掲載します。

本日付しんぶん赤旗
  
侵略美化2教科書 合格 自由社育鵬社版「自衛戦争」と描く
 
 文部科学省は30日、2012年度から使われる中学校と高校の教科書検定の結果を発表しました。侵略戦争を美化する立場の歴史教科書が2種類合格しました。
 合格したのは「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)が主導した自由社の歴史教科書と、同会から分裂した「日本教育再生機構」(八木秀次理事長)が主導した育鵬社(扶桑社の子会社)の歴史教科書です。両社がそれぞれ申請した公民教科書も、合格しました。
 自由社版は歴史237件、公民139件、育鵬社版は歴史150件、公民51件の検定意見がつきました。
 両社の歴史教科書は「この戦争を(は)『自存自衛』の(ための)戦争(である)と宣言した」と共通した文言で、日本が起こした戦争を侵略戦争ではなく自衛戦争であったように描こうとしています。
 さらに「戦争初期のわが国の勝利は、東南アジアやインドの人々に独立への希望をあたえました」(育鵬社自由社もほぼ同文)、「『大東亜共栄圏の建設』を戦争目的とした」(自由社)と、日本の戦争がアジアのためであったかのように強調しています。
 今回の検定は12年度から新学習指導要領が全面実施される中学校の全科目と、同年度から新指導要領が1年前倒し実施される高校低学年の数学・理科が主な対象。
 中学教科書は108点の申請がありましたが、1社の歴史・地理・公民各1点が申請後に発行を取りやめ、不合格になりました。高校教科書は91点の申請があり、理科の新設科目「科学と人間生活」などで3点が不合格になりました。

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民主党政権の責任重大 宮本議員が談話
 
 日本共産党国会議員団の宮本岳志文部科学部会長は30日、今回の中学校歴史教科書の検定結果について次のような談話を発表しました。
 
 一、本日、太平洋戦争を「自存自衛」の戦争と描くなど侵略戦争を美化する二つの中学歴史教科書が検定合格となった。侵略戦争と植民地支配への反省とその誤りの清算は、戦後の日本社会の出発点であり、国際社会の一員としての絶対条件ともいうべきものである。それを否定する教科書を認めた政府の責任は重大である。自公政権と変わらない対応をおこなった民主党政権は、この点でも国民の期待を裏切ったといわざるをえない。
 一、日本の過去の誤りと誠実に向き合い、その反省の上に平和と民主主義を理念とする憲法があることを学ぶことは、子どもたちが主権者として育つために不可欠である。わが党は、歴史教科書問題をはじめ、侵略戦争美化の風潮を克服するため、広範な国民とともに力をつくすものである。

【共同アピール】
 
歴史わい曲・侵略戦争肯定・憲法敵視、アジアの人々との共生を否定し、国際社会での孤立化の道に踏み出す「不適切な教科書」を子どもたちに渡してはならない
 
 2011年は中学教科書の採択が行われます。私たちは、今年の採択で自由社版歴史と公民教科書、育鵬社版歴史と公民教科書が子どもたちに渡されないよう、これらの教科書の採択に反対する活動を全国の皆さんに呼びかけます。
 
1. 文部科学省は3月30日、2012年度用中学教科書に対する10年度検定の一部公開を行いました。検定に合格した教科書は、4月末〜5月初めに見本本が作製され、8月末までに全国各地で採択が行われます。
 
 この中学教科書は、06年12月に安倍政権によって改悪された06年教育基本法に基づいて、08年3月に文科省が改訂告示した新学習指導要領(指導要領)に準拠して編集されたはじめての教科書です。06年教育基本法は、国家のための教育を基本理念とし、教育の目標として、道徳心愛国心・奉仕の精神・公共の精神・伝統文化など20もの徳目を、国家が法律で定めて子どもに押しつけようとするものです。新指導要領はそれを具体化したものであり、文科省は、指導要領改訂と同時に検定制度を改悪し、教科に関係なく、道徳や愛国心などをすべての教科書に盛り込むことを強制しています。新中学教科書は、こうした検定によってつくられたものです。
 
2. 新しい歴史教科書をつくる会(「つくる会」)は、2006年に内部抗争で「分裂」し、これまで「つくる会」教科書を発行していた扶桑社から次の教科書の出版を拒否されたために、自由社から中学歴史と公民の教科書を発行します。「分裂」した一方の八木秀次グループは、日本教育再生機構(「再生機構」)及び改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会(「教科書改善の会」)を結成し、扶桑社の100%出資の子会社・育鵬社から中学歴史と公民教科書を発行します。
 
 このため、今年度の採択では、歴史わい曲・憲法敵視の教科書が歴史・公民共自由社版・育鵬社版の2種類が登場することになります。
 
 現在の検定は密室で行われ、文科省が教科書出版社に対して、検定申請図書(白表紙本)や検定情報の管理を厳格に行うよう指導しているために、検定公開後でなければ、自由社版・育鵬社版の新教科書の内容は正確にはわかりません。しかし、現行版や「つくる会」の会報『史』や「再生機構」の機関誌『教育再生』、「再生機構」が作成したDVD『教科書も「仕分け」しよう!』などで彼らが主張していることから、彼らの新教科書の内容を推測することができます。
 
3. 「つくる会」・「再生機構」=「教科書改善の会」は、自分たちの教科書は06年教育基本法と指導要領を最もよく反映した教科書だと主張しているので、予想される内容は、愛国心道徳心・奉仕の精神・伝統文化・「我が国の歴史対する愛情」などをふんだんに盛り込んだ教科書だということです。その点では、現行版と大差はないと推測されます。
 
彼らは、扶桑社・自由社以外の教科書には、「有害添加物=毒」が盛り込まれていると他社の教科書を誹謗・攻撃しています。彼らのいう「毒」とは、「反戦平和や護憲、核廃絶アイヌや在日外国人への差別撤廃、環境保護」などで、これらは「特定の政治勢力の見解に加担する」ものであり、偏った教科書、「毒入り教科書」だと主張しています。しかし、これらの内容は憲法や国際社会の常識であり、人類にとって21世紀の重要な課題になっているものであり、中学生が学ぶべき大切な内容です。
 
彼らの教科書は、こうした「当たり前」で大切な内容を取り上げない教科書だということです。
 
さらに彼らは、敗戦前までの国定教科書と同様に、神話上の人物で実在しない神武天皇を初代天皇と教科書に書けと主張しています。彼らの教科書は、現行版と同様に、天皇と支配者中心の歴史を描いているということです。また、戦前・戦中に子どもたちを軍国少年・少女に育て上げ、天皇のために喜んで戦争に行き死ぬことを最高の道徳だと教え込み、国民を戦争に駆り立てた教育勅語を礼賛しています。戦前の「修身」「国史」教科書の復活をねらうかのようです。
 
彼らは、韓国併合=植民地支配は日本の誇りであり謝罪する必要はない、韓国は感謝すべきであり、非難・抗議するのはとんでもない、と主張しています。彼らは、南京大虐殺事件や日本軍「慰安婦」の歴史事実を否定し、沖縄戦における「集団自決(強制集団死)」が日本軍の強制によることや住民殺害の事実を否定しています。自由社版も育鵬社版も、歴史をわい曲し、侵略戦争と植民地支配を肯定・正当化する内容は現行版と変わりがないということがうかがえます。
 
彼らは、国際関係は軍事力・経済力で競争する場、紛争は理性的な話し合いでは解決しない、軍事力・戦争で解決するのが当然だと強調しています。20世紀後半以降、戦争を違法化することが国際社会の最大の課題になり、とりわけ冷戦崩壊後の国際社会は紛争を武力ではなく話し合いで解決する方向に大きく転換しています。日本国憲法第9条は、今後の国際関係のルール「世界の宝」として、ますます重要性を増しています。彼らの教科書は、現行版同様に、憲法を敵視し、子どもたちを「戦争する国」を支える人間に育てる内容になっていると推測されます。
 
彼らは、ジェンダー平等教育や男女共同参画夫婦別姓は家族を崩壊させ、日本国家を解体すると主張し、外国人地方参政権などにも反対しています。彼らの教科書には、こうした問題は取り上げていないか、あるいは彼らの主張に沿って書いていると思われます。
 
彼らは、竹島/独島や尖閣諸島問題について、「竹島/独島を韓国が不当に占拠している」「中国が尖閣諸島を取りに来ている」など意図的に問題にし、反中国・反韓国キャンペーンを展開しています。これは、偏狭な領土ナショナリズムを煽り、それによって自分たちの教科書の採択に有利な状況をつくろうという意図によるものです。彼らの教科書は、領土問題について、いたずらに紛争を煽り、隣国との友好関係に亀裂をいれるような内容になっていると思われます。北方領土を含めて、これらの領土問題は政府でも解決できていない問題であり、冷静な平和的な対話によってのみ解決の方向が見いだせるものです。中学生に敵愾心をもたせるような内容は、近隣諸国との友好や平和構築にとって百害あって一利なしといえるものです。
 
現行の自由社版・扶桑社版は多くの間違いや不適切な内容がほとんど訂正されないままになっています。そのために、この教科書を使わされている中学生、教員、保護者などは大きな被害を受けています。これまでの「実績」から見て、新しい自由社版・育鵬社版教科書も、多くの間違いがあるのではないかと推測されます。
 
自由社版・育鵬社版は、アジア近隣諸国を蔑視し、日本の侵略戦争・植民地支配を正当化し、戦争を美化・肯定して自衛隊の海外派兵推進をする、憲法を敵視し、男女平等を否定し、改憲を主張する教科書だといえます。間違った歴史や憲法観を子どもたちに刷り込み「戦争をする国」の国民づくりをめざす教科書です。
 
国連・子どもの権利委員会は、2010年6月15日、日本政府に対する「最終報告」を発表しました。この中で、「日本の歴史教科書が、歴史的事件に関して日本の解釈のみを反映しているため、地域の他国の児童との相互理解を強化していないとの情報を懸念する」「公的に検定されている教科書が、アジア太平洋地域の歴史的事件に関して、バランスの取れた視点を反映することを確保するよう勧告する」としています。この「懸念」や「勧告」は明らかに「つくる会」教科書に対してのものです。
 
日本国憲法は日本が再び侵略戦争をしないという国際的宣言・国際公約です。教科書検定基準の近隣諸国条項は、日本のアジア侵略戦争・植民地支配・加害などの歴史的事実を教科書に正しく記述することをアジア諸国および人びとと日本国民に約束したものです。さらに、日本政府は、1993年の河野洋平官房長官談話、95年の村山富一首相談話、98年の日韓共同宣言、日中共同宣言、2002年の日朝ピョンヤン宣言、2010年の菅直人首相談話などで、侵略・加害、植民地支配の事実を認め、歴史教育でこうした事実を学び記憶して、二度と同じ過ちを繰り返さないことを国の内外に約束しています。自由社版・育鵬社版はこうしたものを正しく反映していません。
 
自国中心主義でアジア諸国、アジアの人々を蔑視・敵視する自由社版・育鵬社版教科書で学べば、アジアの人々・諸国との共生、平和な共同体をめざす国際社会にふさわしい子どもは育ちません。
 
4. 「つくる会」・「再生機構」=「教科書改善の会」・日本会議などは、自由社版・育鵬社版教科書を採択させるための活動を展開しています。彼らの採択方針は、神奈川県横浜市や東京都杉並区などで「成功」したやり方を全国に拡大するものです。それは、彼らの教科書と運動を支持する首長に取り入り、その首長が任命した教育委員の過半数を獲得して、教育委員の(無記名)投票によって採択を獲得するというやり方です。
 
 自民党は彼らの教科書採択のために、「各地方議会での活動が死活的に重要」として、全力をあげて支援するように、都道府県連に指示を出しました。自民党日本の前途と歴史教育を考える議員の会(「教科書議連」)も教科書採択活動をバックアップするために活動を再開しています。
 
 日本会議は全国に130以上の支部を設立し、日本会議地方議員連盟に参加する地方議員は400名以上いるといわれています。これらの支部日本会議地方議員連盟所属の議員が、自由社版・育鵬社版教科書の採択のために活動しています。
 
彼らは、採択活動を有利に展開する「環境づくり」のために、いま、各地の地方議会に対して、「教育基本法や学習指導要領の改正の趣旨に最もふさわしい教科書の採択」を求める請願(陳情)を行っています。教育委員会は一般行政から独立した教育行政機関であり、その教育委員会が行う教科書採択は教育内容に関わるものなので、議会が多数で決議して特定の教科書の採択を要求するのは議会による教育行政への介入であり、教育基本法第16条が禁じる「不当な支配」にあたり、議会がやってはならないことです。しかし、この請願は、すでに、いくつかの府県議会や市議会で採択されています。
 
5. 今年は、このような教科書をゼロ採択に追い込み、1996年から15年も続いている「つくる会」などの第3次教科書攻撃、歴史わい曲・改憲の政治運動に終止符を打つ年にする必要があります。そのためには、?自由社版・扶桑社版が採択されている地域・学校で採択をやめさせる、?新たな地域・学校で自由社版も育鵬社版も採択させない、という取り組みを全国各地で展開することが求められています。
 
教科書採択は、採択地区ごとに行われるので、それぞれの地域でこれらの教科書を採択させない取り組みが必要です。この活動は、地域の草の根の平和と民主主義を実現する取り組みでもあります。全国各地で、「自由社版も育鵬社版もNO!」の世論が高まることが、決定的に重要であり、それぞれの地域で学習会などを開催し、宣伝活動を行い、教育委員会などに要請する取り組みを進めることが急務になっています。
 
 「つくる会」が結成されてから14年間で、教育も教科書も重大な改悪が行われてきました。日本軍「慰安婦」の記述は中学教科書からほとんど消され、日本の侵略・加害、植民地支配や沖縄戦、戦後補償の記述も後退してきました。2007年の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」検定問題も「つくる会」などの運動によって起きたものです。
 
 私たちは、各地の教育委員会が、日本国憲法近隣諸国条項、日韓・日中・日朝共同宣言、官房長官談話や首相談話の趣旨を正しく反映しない教科書を採択しないよう強く要請します。
 
 私たちは、今年こそ自由社版・育鵬社版教科書をゼロ採択に終わらせ、「つくる会」などによる教科書攻撃、教育破壊の政治運動に終止符をうち、憲法・47年教育基本法子どもの権利条約の精神を活かした、真に子どものための教育の実現をめざす年にしましょう。2011年はその意味でも大きなチャンスの年になるように、全国の皆さんが地域から活動を展開するよう呼びかけるものです。
 
2011年3月30日
 
アジア女性資料センター/「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク/一般財団法人歴史科学協議会/大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会/沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会/沖縄平和ネットワーク/沖縄平和ネットワーク首都圏の会/大江健三郎岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会/女たちの戦争と平和資料/「学校に自由の風を!」ネットワーク/教科書・市民フォーラム/憲法を生かす会/憲法・1947年教育基本法を生かす全国ネットワーク/子どもと教科書全国ネット21/子どもの権利・教育・文化全国センター/「子どもはお国のためにあるんじゃない!」市民連絡会/相模原の教育を考える市民の会/ジェンダー平等社会をめざすネットワーク/社会科教科書懇談会/自由社版歴史教科書使用の横浜市8区市民連絡会/自由法曹団/杉並の教育を考えるみんなの会/「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク/「つくる会」教科書採択を阻止する東京ネットワーク/中学歴史教科書に「慰安婦」記述の復活を求める市民連絡会/男女平等をすすめる教育全国ネットワーク/中国人戦争被害者の要求を支える会/地理教育研究会/東京歴史科学研究会/南京事件・沖縄問題合同研究会/南京への道・史実を守る会/日中韓3国共通歴史教材委員会/日本出版労働組合連合会/日本の戦争責任資料センター/ひらかれた歴史教育の会/ピースボート/許すな!憲法改悪・市民連絡会/横浜教科書採択連絡会/歴史教育者協議会/「歴史認識と東アジアの平和」フォーラム日本実行委員会
 
(以上日本側40団体、2011年3月29日現在)
 
韓国・アジアの平和と歴史教育連帯

【談話】2010年度中学教科書の検定結果について
 
       2011年3月30日  子どもと教科書全国ネット21事務局長・俵 義文
 
 文部科学省は、3月30日、2010年度の中学教科書と前倒しした高校数学・理科教科書の検定の一部を公開した。社会的に注目されている新しい歴史教科書をつくる会(「つくる会」)が編集した自由社版歴史と公民教科書、日本教育再生機構及び改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会(「教科書改善の会」)が編集した育鵬社版歴史と公民教科書も検定に合格した。これらの教科書についての現時点での見解と10年度検定の問題について以下にコメントする。
 
一、育鵬社版・自由社版について
 育鵬社版・自由社版の検定申請図書(白表紙本)、修正表などの全体をまだ見ることができないので、検定合格した教科書について全面的なコメントはできないが、文科省が公開した資料などにもとづいて、現在わかる範囲での問題点を指摘する。なお、これらの教科書については、全体の内容がわかり次第に専門的な分析を行い、全面的に見解を明らかにするつもりである。
 
1.育鵬社版で新たに書き加えられた特徴的な点
(1)日清・日露戦争時において、ロシア脅威論をいっそう強調し、戦争と軍備増強、朝鮮侵略を正当化する論調が強まっている。それは、以下の記述から指摘できる。
「隣接する朝鮮がロシアなど欧米列強の勢力下に置かれれば、自国の安全がおびやかされるという危機感が強まりました。そして、まずは朝鮮を勢力下に置く清に対抗するため、軍事力の強化に努めました。」
(2)1920年代末から日中戦争にいたる過程において、全体として中国の抗日運動を敵視する姿勢を強め、日本の中国侵略を正当化する論調が強まっている。
そのなかで、済南事件(1928年に済南で日本軍と北伐軍が戦火を交えた事件)を新たにとりあげた。
また、「支那事変」の用語を新たに入れた。現行の自由社版にならったものである。
(3)アジア太平洋戦争中にアジア諸国が当時の日本の政権に協力した事例をことさらにくわしくとりあげ、アジア解放戦争という位置づけをいっそう強調しようとしている。
「アジア独立への希望」という小項目で、タイとの同盟、インド国民軍ビルマ独立義勇軍インドネシア義勇軍の事例を、その問題点についてのなんの注釈もなしに取り上げ、アジア解放の戦争ということがあたかも実像であるかのように描いている。また、大東亜会議参加国の名を写真のキャプションから本文に格上げしている。
(4)「昭和20年、戦局の悪化と終戦」という新しい「読み物コラム」をもうけ、沖縄戦ひめゆり部隊、大田実少将の電文、特攻隊員の思い、作家の思い(大仏次郎藤原てい徳富蘇峰)をとりあげているが、戦争で苦しいなかでもみんなよく戦ったという心情を育てるものになっている。作家の言葉では、「護国の神」という言葉、戦争に負けた苦労、戦犯裁判批判などが語られ、戦争の真実の科学的理解、歴史の真実に根ざした反省にはつながらないものとなっている。
(5)日本国憲法の最大の特色を「他国に例を見ない」戦争放棄だと断定し、申請本では国民主権基本的人権の尊重にまったくふれていなかった。検定でそれは日本国憲法の三大原則の構成部分として書き加えられたが、本文ではなく、注で書き加えたにすぎない。日本国憲法制定の歴史的意義を全く否定するものである。
 
2.自由社版で新たに書き加えられた特徴的な点
(1)韓国併合をいっそう美化する記述に変わった。
併合後の朝鮮について「学校も開設し、日本語教育とともにハングル文字を導入した教育を行った」という記述を加え、現行本にあった「これらの近代化事業によって、それまでの耕作地から追われた農民も少なくなく、また、その他にも朝鮮の伝統を無視したさまざまな同化政策を進めたので、朝鮮の人々は日本への反感をさらに強めた」という記述を削除した。検定でほぼ同文が復活したとはいえ、本文での復活ではなく、(注)に落としての復活にすぎない。
(2)日中戦争開始のところで、日本人保護のために派兵したことを付け加えた。上海での日本人将兵射殺事件の記述のあとに「中国軍が日本人居留区を包囲した。日本は日本人保護のため派兵した」を追加している。
日本の中国侵略という事実の全体像を無視し、そのなかのごく一部のみをことさらに強調して日本軍の派兵を正当化するものである。
(3)現行本のコラム「20世紀の戦争と全体主義の犠牲者」を「戦時国際法戦争犯罪」というタイトルに変え、小項目「二つの全体主義の犠牲者」を削り、「沖縄戦の悲劇」を加えた。そのなかで集団自決にもふれたが、その原因や責任にはまったくふれていない。そこに戦艦大和の話を加え、さらに東京大空襲や原爆の記述をくわしくした。連合国の戦争犯罪が裁かれなかったことを指摘することは間違いではないが、そのことを一面的に強調することは、日本の戦争犯罪を免責することにつながりかねない。
(4)昭和天皇のコラムで昭和天皇賛美をいっそう明確にした。
タイトルを現行の「昭和天皇」から「昭和天皇―国民とともに歩まれた生涯 立憲君主的な立場を貫きつつ、国民の安寧を祈り続けた、無私と献身の生涯とは」に変え、2ページ扱いとした。敗戦前の部分では、立憲君主の立場を貫いたことと、2.26事件と敗戦のときに自ら決断したことをくわしくした。
 
二、沖縄戦の記述について
 沖縄戦の記述については全体として改善されているようである。沖縄戦の開始時期について、自由社育鵬社以外はすべて3月末と正しく記述していることや、「集団自決(強制集団死)」について、「日本軍によって集団自決に追いこまれた」「集団自決をせまられた」「集団で自決を強いられた」「集団死に追いこまれた」など、それが日本軍による「強制」によるものとしている(自由社育鵬社は別)。さらに、日本軍による食糧強奪、壕追い出し、住民殺害に言及した教科書もある。
07年の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」検定問題に抗議する9・29県民大会を呼びかけた6団体で構成する「9・29県民大会決議を実現させる会」をはじめ大江・岩波沖縄戦裁判を支援し沖縄の真実を広める首都圏の会・沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会・大江健三郎岩波書店沖縄戦裁判支援連絡会・子どもと教科書全国ネット21日本出版労働組合連合会の5団体が連名で、中学社会科教科書発行者に対して、沖縄戦の記述改善について文書で要請してきたが、教科書発行者がこうした沖縄県民などの要請を一定反映させたもの評価できる。
 
三、今回の検定のいくつかの問題点
1.前回の2004年度検定に比べて検定意見の総数は2,127(38.3%)多くなっている。教科・科目別にみると、意見数が目立って多くなっているのは、歴史・数学・理科などである。数学・理科は学習指導要領が大幅に変わったことが影響しているように思われる。歴史の意見数が多い原因は、自由社版・育鵬社版と修正表を出さなかった日本文教出版版に多くの検定意見がつけられているためである。
 全体の検定意見の87.6%は教科書調査官の調査意見書である。歴史の場合は、94.9%が調査意見書と同一である。09年度の小学校教科書検定と同様に、検定意見の大部分は教科書調査官によるものであり、検定は事実上、文科省の職員である教科書調査官が行っていることが、今回も実証されている。
2.育鵬社の前記(2)(3)、自由社の同(1)(2)のように、明らかに検定基準の近隣諸国条項を無視して検定を通していることがうかがえる。
3.「米軍による核兵器持ち込みについての疑惑は、その後も消えていません」という記述を「当時、米軍によって核兵器が持ち込まれていたのではないかという疑惑があり、それは現在も消えていません」と修正させた。核持ち込みの疑惑をあくまでも過去の問題だとして、現在は疑惑はまったくなくなっているかのように政府見解にそって書き直させたものである。
4.北方領土竹島尖閣諸島については、申請本の段階で固有の領土である旨を明確にした本が多いと思われるが、多少なりともあいまいにした場合は検定意見がつけられ、固有の領土であることを明確にすることや、ロシア、韓国が不法に占拠していることを書かせている。検定では領土問題は二つだとして、尖閣諸島については「領土問題は存在しない」という政府の立場が示されている。これでは領土問題の平和的解決への道筋はみえてこない。
5.核兵器の被害について「のちの世代の生命や健康にまで影響をおよぼす破壊兵器です」という記述を「被爆者の生命や健康に長く影響をおよぼす破壊兵器」と書き換えさせた。核兵器の被害の範囲について未だ確証されていない部分もあるとはいえ、ことさらに被害を過小に見せる検定である。
                                                   以上。